森章二
書簡集
平成16年9月分です。
 ご意見・ご要望・お叱り・・なんでもけっこうです。お待ちしております。   メールはこちらからどうぞ
 書簡 その44  ツツクボウシ                                     (平成16年9月24日)
 ツツクボウシの鳴き声が昨日でピタリと止んだ。今日も聞こえなかった。
 彼岸を過ぎてセミの声を聞いたのは珍しい事だと思う。
 書簡 その43  劇団若獅子                                      (平成16年9月19日)
 三越劇場で、劇団若獅子公演「上州土産百両首」と「蛍」を観た。
 若獅子は僕の育った新国劇が解散した後、笠原章を中心に有志が集まって作った劇団で、今年でもう17回
 の公演を行っている。早いものだ。今回は淡路千景さんが特別出演。鶴田さやかさんと曽我廼家玉太呂さん
 曽我廼家八十吉さんをゲストに迎えて皆さんガンバッテいた。若獅子の芝居は身内意識で観るせいか、どうも
 疲れる。しかし今回は装置といい衣装といい素晴らしいもので十分楽しませてもらった。
 多いようで少なくなってしまった新国劇の出身者がガンバッテいるのを見ると嬉しい。
 芝居も良いゲストを迎えて、久々の名作2本を堪能した。
 鶴田さやか、可愛かった。イクツニナッタンダロウ。
 書簡 その42  鎌倉を歩く                                       (平成16年9月18日)
 演出家の藤瀬俊夫氏と、藤沢の駅で会う。打ち合わせも終わって
 鎌倉でも歩いてみるか!という事になり、江ノ電で鎌倉に出る。
 まずは本覚寺の夷堂に参詣。縁起物の「にぎり福」を購入。裏道
 を歩いて鶴岡八幡宮に詣でる。花の終わった蓮池に人だかり、行
 って見ると池の鯉にエサをやっている。ハトも群がっている。
 鯉のエサにつられてやってきた亀は、全部がクサガメ。ミドリガメは
 一匹もいない。流石、八幡宮だと変なところに感心して退散。
 腰越漁港でシラスの釜揚げを買って帰途に着く。
本覚寺 にぎり福 鶴岡八幡宮
▲本覚寺・夷堂 ▲縁起物「にぎり福」 ▲鶴岡八幡宮
 鎌倉の街を歩いていて喫茶店の多いのに驚いた。東京ではチョット話をするにしても喫茶店がなくて困る
 というのに。そんな一軒に入ると観光客のカップルが多い。オッサン二人が観光地で珈琲とは色気がない
 話だが、ふと思った。

 喫茶店の元祖は今から350年程前に神社や寺の境内、盛り場などでダンゴを出して渋茶を飲ませる茶店
 水茶屋(腰掛茶屋)なるものである。それから100年ほどたち、明和三美人とか水茶屋三美人と謳われた
 谷中の笠森稲荷の「お仙」。浅草蔦屋の「お芳」、同じく柳屋の「お藤」という十代の三人娘が客を集めた。
 この娘達は、いわばアイドルで店は一昔前の美人喫茶といったところか。この頃のお茶代は5文。現代の
 お金に換算して単純計算で100円以下(90円くらいか)。物価が違うので比較はしにくいが、この値段が高い
 か安いか、現代の珈琲が500円として、これも高いか安いか。それにこの娘達のブロマイドというか写真集
 というか、錦絵は飛ぶように売れたという。なかでも笠森おせんの錦絵は数多く出版されている。
 その30年後の寛政年間には喜多川歌麿が、富本豊ひな、難波屋お北、高島ひさ の寛政三美人の錦絵を
 出版している。喫茶店→色気から連想して、随分話が飛んでしまった。
 書簡 その41  畑・ドジ・・・                                       (平成16年9月14日)
 町田市の知人宅を訪ねた。運送会社を経営していた人だが、今は隠居して農作業に精を出している。
 夏の野菜が終わりだから取りに来いと電話があった。畑に行くとピーマン・シシトウ・ナス・唐辛子・南瓜など
 山と積まれ、畑にはごぼう・サトイモは繁り、大根の若芽が生えている。
 その大根の間引きをしている真っ最中。
 畑の横には栗が実り、柿が早くも色づいている。その下には真っ赤な
 ヒガンバナが咲き誇っている。「いけねぇ、なんでこんなときカメラを持って
 こなかったのか・・・」。 しこたま野菜をもらって帰り、その日の夕食で食べ
 たのは言うまでもない。うまかった!
真っ赤に育った、唐辛子
 書簡 その40 新聞のコラム 我慢と辛抱                              (平成16年9月12日)
 僕は新聞のコラムを読むのが好きだ。先日も面白い記事を見つけた。
 「我慢」を辞書で引くと「辛抱すること」と書いてあるが、我慢と辛抱は違う というのである。
 僕も違うと思うし、芝居の中の台詞で使うとき、我慢はこらえるとき、辛抱は耐えるとき と使い分けていた。
 この違いが言葉の文化だと思うし、作家達はそれを大事にして来たと思うのだが・・・

 芝居世界でも言葉の使い分けが出来なくなってきている。たとえば僕達がよく使う言葉に「練習」と「稽古」が
 あるが、この区別がつかなくなってきた。
 練習とは同じことを繰り返し修練することで、一人でも出きること。稽古は、付けてもらうことで、一人ではできない
 のである。練習は家ですることで、稽古は稽古場でするのである。と思うのだが。
 書簡 その39   夢                                          (平成16年9月10日)
 最近、夢を見ないなぁ と思っていたら 八月はよく夢をみた。それも舞台でトチッテル夢ばかり。
 神経的に疲れてくると夢を見るようだが、同じ夢を何度か見ると、嫌なものだ。
 子どものころ、火事の夢を見るお金が入るとか、蛇の夢を見ると幸運を呼ぶとか聞いた事があるが
 そんな夢はまるで見ない。疲れが取れたら現実の良い夢を見よう。
 書簡 その38   大阪のひと                                    (平成16年9月7日)
 大阪の話を・・と思っていた所に、新聞のコラムで面白い記事を見つけた。
 関東の大学生が北京の知人宅で街の印象を聞かれて、ある学生は「中国人は列に並ばないし、
 すぐに割り込む。大阪の人みたい」 別の学生は「中国人はスーパーでもどこでも値切ろうとする。
 大阪の人みたいですね」こんな意見を述べている。ここだけ抜粋したのではチョット具合が悪いの
 かもしれないが、これは置いておいて、僕も大阪で電車に乗るとき、いつも、よくこれでモメ事が
 おきないもんだと思った。東京だったら大変なことになると思うのだが大阪では、そのままスムーズ
 に流れていく。帰ってきた今でも不思議でならない。値切るのは商人の街の習慣だろうか。双方が
 楽しんでいるようだ。
 ちなみにエスカレーターの上り・下りで、歩くときは 東京では止まっている人は左側で、右側を歩く。
 大阪では反対で、右側に止まって左側を歩く。これは武士の街・江戸と、商人の街・浪花の習慣から
 来るものだと聞いた。
 書簡 その37  秋の気配                                      (平成16年9月6日)
 大阪・御堂筋では、お盆を過ぎた頃にピタリと止んだセミの声が、我が家の周り
 では、まだ聞こえてくる。夏の終わりを告げるツクツクボウシやヒグラシに混じって
 アブラゼミやミンミンゼミまで。しかし夕暮れと共にコオロギを中心としたムシの声
 が始まる。我が家のスズムシは9月の声を聞くと絶えていった。例年よりひと月
 早いが、春の羽化が1ヶ月早かった為か。猛暑の所為か、植物の様子もおかしい。
 お彼岸頃に咲き、毎年ほとんど狂いのない「ヒガンバナ」が今年はもう咲いている。
 家でも鉢植えにしている鹿児島産の、咲き始めは薄いピンク系オレンジ色で、や
 がて 白く変わる彼岸花も、もう白く変わりつつある。

 今年こそは、信州・箕輪町のピンク色の「そばの花」を観に行くつもりだが、
 うまく出会 えるだろうか・・・。
鹿児島産のヒガンバナ
 書簡 その36  我が家のペット・3  ザリガニ君その後                   (平成16年9月3日)
 出発前に生まれたザリガニ。3分の1に減っている。しかし1.5cmから2cmに成長して、中にはブルーの奴も
 2,3匹。大きくなるのが楽しみだ。 50匹位いるが、全部大きくしたい。
 書簡 その39   戻って参りました。                                (平成16年9月2日)
 サウナに入っているような稽古から始まって、緊張感連続の八月・大阪新歌舞伎座での
 杉良太郎公演も無事終了いたしました。1日が経つのは早かったのに、1ヶ月が永かった
 と感じました。毎日通る御堂筋でクマゼミに迎えられたが、お盆を過ぎた頃にはピタリとやんだ。
 そんな頃、たくさんの人達が打ち水をして涼を呼んでいた。子どもの頃、夕方になると近所の
 人達が凸凹道に水を撒いていた。そのとき、打ち水といって涼を呼ぶのだと聞いた。
 なんて良い響きだろう。
 面白い大阪の話もぼちぼちと・・・
夏の風物詩・・・打ち水には欠かせない道具ですね。