森章二
書簡集
平成16年6月分です。
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 書簡 その27  江戸時代こぼれ話・その2                  (平成16年6月29日)
イセヤイナリニインノクソ・・・って知ってます?これ江戸の名物なんです。伊勢屋・稲荷に犬の糞。
江戸の町を歩けば商家は伊勢屋、町の角々には稲荷さんが詣ってあり、どこへ行っても野良犬だらけ。
その・・・・・。江戸の名物は「火事と喧嘩は江戸の華」なんて言ってますが、そんな格好のいいもんばかりじゃなく
お江戸名物何かと問えば「伊勢屋、稲荷に犬の糞」とチャカされていたようです。
 書簡 その26  江戸時代こぼれ話・その1                  (平成16年6月28日)
世の中、変なことが多すぎる。情報過多で知らなくても良いことまで知ってしまうと、興味が薄れて、知らなければ
ならない事まで忘れてしまう。物は豊になったが、どうも心が貧しい気がしてならない。
つい仕事柄、江戸時代の事を考えてしまう。ドラマで取り上げられる殺伐とした時代劇ではなく、江戸も中期になると
事件などほとんどなくなり、物は無くとも、平和な時代に生きた庶民達は、情報の少ない時代、何事にも興味を持ち
首をつっこみ、洒落心で物を眺め、貧しくも心豊に生きた時代のことを想像してしまう。
でも、江戸の町って、実は汚かったんですよね。馬車・牛車が通る路は、糞だらけ。それに犬が多くてその・・・・。
これは、あまり想像したくないですね。
 書簡 その25  現在、誰も見たことのない幻の蘭に会う?        (平成16年6月27日)
今年の春先、都内某所で凄い事に出交わしました。蘭の愛好家や
学者風の人が数人集まって、目の前の着生蘭を見ている所に入って
行ったのです。「森さん、良い所にきた。これ何だと思います?」
「モミランですか?大きいですね」「違うと思うんです」「えっ!」
それから細かい説明があって、某所の公共施設の建設現場で大木
を切り倒したところ、幹に着生していた。付近の木を調査したが他には
なかった。木を切れば枯れてしまうので可哀想だからと持ち込まれた
ものだという。これはもしかしたら、約70年前に発見されて以来、誰も
見たことがない蘭。しかも昭和10年に東大の前川文夫代が発表し、
標本にして東大の研究室にある標本が一体が現存しているだけ。
(採集者は土井美夫代)蘭愛好家ならば(かなりマニアックな人達だが)
死ぬまでに一度は見たいと思っている幻の蘭「マツゲカヤラン」かも知れ
ない。それで全部をいくつかの大学の研究室で調べてもらうことにした。
結果は、花が咲いてから。来年か、もっと先かもしれないし、違うかもしれない。でも夢がある。
花が見れること、マツゲカヤランであることを祈っている。(マツゲカヤラン。覚えておいてください。この蘭の名前
を知っているだけで、貴方は相当な蘭通と言えるでしょう)
 書簡 その24  僕の写真館の花                       (平成16年6月26日)
家康の椿好きから始まった、江戸の園芸は、全国の大名が競って珍品を集め、献上する様になり、牡丹・梅
躑躅(ツツジ)・タチバナ・菊・花菖蒲・桜草・細辛・万年青・松葉蘭・風貴蘭・長生蘭・・・と名鑑のあるものだけ
でも数え上げれば大変だ。それが現在まで続いているから驚きである。僕の写真館の花も「セッコク」という
日本の蘭だが、この葉変わりを集めたものが長生蘭と称して江戸時代から続いている古典園芸品のひとつ
である。江戸時代の園芸ブームはすさまじく、珍品を持つ大名は御留花(おとめばな)と称して門外不出。
金持ちの商人は、金生樹(かねのなるき)と呼ばれた。タチバナに二千三百両(約1億円!)という史上最高
を付け、利殖目的とした人々がさらなるブームを起こし、文化・文政期にその最盛期を迎えたといわれる。
天保時代には斑入りの万年青を10両で買った人が、数日後に70両で転売、頂点には300両に達したと
いわれる。ウチョウランブームと瓜二つ。こんなところにも 歴史は繰り返されて、驚くばかりです。
 書簡 その23  雑誌のはみだし記事                     (平成16年6月24日)
欄外に面白いコメントや情報が載っている週刊誌がある。この記事が目的で30年も買い続けている週刊誌がある。
その中の一つ。『いまや全国どこでもある「モーニングサービス」は、大阪・難波の喫茶店「桟橋」が1956年、コーヒー
にタバコを二本付けたのが始まり。それがトースト、ゆで卵などと多様化し全国に広まった』
読んでしまえばそれだけの事だが、調べるのは大変でしょうね。僕の雑学の源です。
 書簡 その22  おいしい話・4   カメチャブ                (平成16年6月19日)
輸入牛肉問題で世間を騒がせた牛丼。牛鍋⇒すき焼き⇒牛丼というのが一般的な図式だが、東京ではもう一つ
ルーツがある。それが「カメチャブ」だ。僕が子どもの頃(昭和20〜30年代の中頃)に浅草に行くと屋台で食べさせた
汁かけ飯。汁の中身は牛筋を甘辛く煮込んだ汁の中に長ネギをザクザクときざんで、ほおり込んだ物。これをご飯に
かけて出す。汁は今のすき焼きの汁だと思えば良い。今こそ牛筋は市民権を得て並肉ほどの値段だが、当時、物の
ない時代でもあまり食べなかった。すなわち、下等な食べ物だったわけだ。それでも都民の栄養源。皆、よろこんで
牛丼。復活が待たれる! 食べたものだ。だが由来が面白い。「チャブ」とは、ちゃぶ台、ちゃぶ屋・・でわかると思うが、
飯(メシ)のこと。では「カメ」とは・・・日本に来たアメリカ人が、犬を呼ぶときに
「カメン、又はカモン」と呼ぶ、それを聞いて 犬の事を英語で「カメ」というのだと勘違い。
それで犬のことを隠語でカメという。「犬飯」。これがカメチャブである。決して犬のご飯という
わけではない。戦後すぐのこと、おそらくはじめの頃、肉は・・・・
どっちにしても今の牛丼とそんなに変わらなかったような気がする。
牛丼の復活が待たれる、今日この頃である。
 書簡 その21  ウチョウラン                          (平成16年6月8日)
今年もウチョウランの季節がやってきた。20数年前まだ日本橋の三越の屋上
の売店以外には、何処にもウチョウランの売品がなかった頃、一握の愛好家
達が、そのバラエティを誇りあい(あの頃は一球100円位だったと思う)楽しん
でいた。そして紅一点と呼ばれる新花が発見され、紅貴、紅零と銘名。2万円
の値がつき仰天しているとき、ブームに火がついた。栃木で起こった火は瞬く
間に全国に引火。紅貴、紅零は3年たらずで30万を超え、新花が出るごとに
高騰、投機の材料になり、岩壁に生える草を求めてロープを伝い、涯を発った
人達が毎年この時期、数人は転落して亡くなるという悲劇が起こったりした。
退職金を前借し買ったものが枯れてしまい、家族騒動にという話もある。
そんな節(20年近く前かな)僕もビデオで銘品集の制作をしたりもしたが、
あまりの狂乱ぶりに一歩引いた。近年、実生による開発で手ごろな値段で
求めることができる様になり、根が好きなもので、一昨年、10年ぶりに数鉢求めて作ってみたが、丈夫で良い。
毎年増えるし大きくなって立派な花が咲く。なによりもブームの時なら200万円以上の値がついたであろう(写真)
この花(実生)も今では数千円。バラエティが多いだけに、またハマリそうで心配だ。
当時のように全国の展示会を飛び回る事はないが、各地の情報だけは入ってくる。腰が浮いてくるのも・・・・
ウチョウランの悲喜こもごもの記。たくさんあるので、又の機会に。
 書簡 その20  ウグイスの声が・・・                     (平成16年6月8日)
ここ数日、盛んにウグイスが啼いている。春先のように、「ケキョケキョケキョ・・・・」と長く尾を引くことはないが
確かにウグイスと解る声で短く啼き続けている。
梅雨空の鬱陶しさを飛ばしてくれる和やかさだ。「俺は良いところに住んでいるのだなぁ」と思う。
 書簡 その19  トチリ蕎麦                           (平成16年6月7日)
「トチル」。役者が舞台でセリフを間違えたり、出るキッカケを外したりすることを言う。
語源は諸説あるが、あわてる事を「とちめく」といった古語から来ているらしい。
今では一般でも使われているので、今更説明する事もないが・・・
この、トチッタ役者が「ご迷惑を掛けて申し訳ありません」という意味で、その場の出演者に配ったのが、なぜか蕎麦。
これは、慌てる事を「トチメン棒を振る」(橡の実を粉にして麺を打つ時、すぐに硬くなるので、早く延ばさなければ
ならない・・すなわち、あわてる・・)という語源の一つから蕎麦(麺)になったようだ。
そして僕の若い頃、蕎麦は相手の腹具合もある、ということでコーヒーになり、コーヒーは冷めるとまずいし、いつでも
飲めるようにとコーヒー券に変わっていった。良き時代の話である。
各劇団に座員が100人以上居て、それぞれが1年12ヶ月間、芝居を興行していた時代の事。
本人が気づかない間違いはキツイお叱りを受けるが、当人が自覚している失敗には、あまり目鯨を立てない。
それでも、このシャレの様な事で済ませてくれるトチリ蕎麦も、人数が多い時などは大変である。普通、研究生は
大目に見てくれるのだが、研究生も古くなると、早く一人前の仲間入りがしたくて、無理をしてでも配りたくなる。
僕にも覚えがあるが、30人くらいに配って、飯抜きで過ごしたことがあった。そんな大見栄も役者ならでは。
今では楽しい思い出の一つである。(反省も忘れていません)
現代では、大トチリは、即 クビでしょう。
 書簡 その18  映画を観に・・その2                     (平成16年6月6日)
映画「トロイ」を観た。長丁場。眠くならなければ良いが、と思って座に着いたが、「あっ」という間の3時間だった。
考える間もなかった。楽しかった。そういえば昔々「トロイのヘレン」という同じ物語の映画を観たのを思いだした。
 書簡 その17  映画を観に                           (平成16年6月5日)
映画「死に花」を観た。観客は年配者ばかりだった・・・。
 書簡 その16  電信柱                              (平成16年6月3日)
僕たちの子どもの頃。電信柱が増えるごとに、都会でも田舎でも
そこは明るくなって行きました。世の中を照らす温かい明かりを運ぶ
復興のシンボルの様に思われた電柱も、今では景観を妨げる邪魔者
扱い。江戸の面影を残す町並みでは電線は地下に潜り、電柱は姿を
消していきます。時代劇のロケの時、本当に邪魔だった電柱も、
なくなってみると、なんとなく寂しい気がします。
たこが電線にひっかかって電信柱を昇って叱られた事がありました。
今の子どもたちは、そんなバカな事はしないでしょうが、危険が伴う
電柱が消えていくのは当然のことかも知れません。
そんな事にも時代の移り変わりを感じる今日この頃、かな。

写真は、東海道の面影を残す、三重県の関町です。
町並み保存が行われ、電柱もなくなりました。
電柱を撤去した、旧街道の町並み
 書簡 その15  我が家のペット  フトアゴヒゲトカゲ           (平成16年6月1日)
うちのフトアゴヒゲトカゲ君が4年ぶりに卵を産んだ。(5月10日)
1年ほど寡婦暮らしだったのだが、今年の初めに新しいオスを
入れてやったのだ。まさか産むとは思っていなかったので、気が
付くのが遅れるミスをした。それに体が汚れるので土をやめて
人工芝にした為に雑菌がついたのだろう。20個の卵のうち半分
は見付けた時点でダメだろうと思われた。
1個は親が食べてしまい、残りの19個は丁寧に移して(写真)
環境を整えたが、半分は悪くなった。そのうちポツポツとダメに
なり、5日後には6個になってしまった。この6個は五分五分と
見守っているが5月28日現在、1個がシボンできた。残り5個、
危ない状態。
家に来て6年。2年目に初めて産んで2回目。フトアゴ君には
悪いことをしたが、元気そうなので、もう一回産んでくれ。
今度は・・・・

フトアゴヒゲトカゲ・・・詳しく紹介されているサイトです
フトアゴヒゲトカゲのたまご